地獄の学士編入

こんにちは。
医師・看護師など医療有資格者の方々のキャリアサポートをさせて頂いております”相川 継(あいかわ けい)”と申します。

以前もこちらのコラムで記載させて頂きましたが、社会人の経験のある方が医師になられるケースは結構あり、そしてその様なプロセスを歩んで来られた皆さんは本当に熱い想いを持った医師になっていらっしゃいます。

8、9年前になりますが、大阪にお住まいの血液内科医の方が、故郷の横浜の病院に転職をしたいというご相談でおみえになりました。
同じ血液内科で勤務をしたいという事以外にご条件の提示はなかったので、横浜のご実家の近くの広域医療法人の病院をご案内し、すぐにそして円満にそちらの病院での勤務が決まりました(ごっつぁんゴール的なプレースメントでした^^;)。

当該ドクターとは同い年でお互いスターウォーズフリークという事もあって(なぜそんな話になったのかは覚えていません・・・)、色々な話しで盛り上がり、医師になる前のお話しも色々と伺いました。

当該ドクターは東大工学部を卒業(工学部はスターウォーズの影響だそうです^^;)、某大手医療機器メーカーに就職され、最初はフィールドエンジニアとして色々な病院を回っていらっしゃったとのことです。

病院では手術に立ち会われる事も多くあり、そこでのドクターの仕事ぶりをご覧になられてビビッとくるものがあり、一念発起して医師の道に進まれたとのことです。
金銭的な事情もあり、出来るだけ近道をされたく「学士編入」を選択され、社会人2年目の春より仕事を続けながら医学部を目指して受験勉強をされたとのことでした。

当該ドクターいわく、この頃はまさに「地獄」・・・。フィールドエンジニアの仕事も楽ではない中で少しでも時間もあれば勉強にあて、休日が無いのはもちろん、睡眠時間も毎日3時間ほどで、1年で3回も過労で倒れたそうです。その3度目に倒れた時に完全にドクターストップとなって仕事を辞めたそうです。

医学部の学士編入というは想像を絶するくらいすさまじいもので、サラリーマンをやりながら勉強をするなんて考えは超甘だったそうです。
殆どの方が編入予備校に通って、受験するのも私学を含めて全国の医学部を10校ほど受けるのがあたり前のところ、当該ドクターは金銭的な事情により国立3校だけに絞られたそうです。

どの大学も書類選考⇒筆記試験⇒面接の流れで、3校とも10名未満の募集に対して400~500名ほど出願していたそうで、当該ドクターはさすが東大卒という事もあってか、書類選考は3校ともパスし、3校の筆記テストに臨んだ結果、1校(阪大)のみ面接に進んだとの事でした。
筆記テストで残ったのが20名ほど。ということは、面接で半分以上が落とされる事になります。
当該ドクターが一番心配していたのは、間違いなく問われるであろう、医師になる動機です。「ビビッときた」という論拠に乏しい理由です。
まあ、何とかごまかしごまかしで理由を述べたそうですが、その時の面接官の眉間にはしわが寄っている様に見えたとのことでした。

そうして面接が終了し、2週間経って来た通知が「不合格」。
もう、張り叫び、泣き叫び、通知を握りしめたまま寝てしまったそうです。

次の日、お昼前に電話のコールで起きて、頭がぼ~っとしながら受話器をあげると、

「。。。大学ですが、〇〇さんでいらっしゃいますか?もしもし?もしもし?」

聞き取れなかったらしいのですが、とりあえず、

「はい、そうです。」

と答えたところ、

「合格者の中で欠員がでたので、〇〇さんが繰り上げで合格になりますが・・・」
という内容の電話だったそうです。

「◇※×〇□\(◎o◎)/!」

ドクター曰く、その電話に対して何て答えたかは忘れたそうですが、3日後ぐらいに合格通知が届いたとのことなので、それらしい答えをされたのでしょう。

繰り返しになりますが、この1年間は本当に「地獄」だったそうです・・・。
研修医時代も殆ど休みもなく睡眠時間も短かったそうですが、へっちゃらだったそうです。

そしてドクターは最後に、

「いや~学士編入は勧めませんよ。死んじゃうかもしれませんからね(笑)」

とおっしゃっていました。

今はこのドクターとは連絡は取っていないので、どうされているか分かりませんが、無茶をされていない限り、大活躍されていることでしょう(^^)

この記事の著者

相川継ドクターキャリアカウンセラー

大学卒業後、一般事務・営業・経営管理等のキャリアサポートに約7年間、その後、医師・看護師等の医療有資格者のキャリアサポートに約12年間従事。現在はマネジメント業務が主となっているが、月に数件の医師・看護師のキャリアサポートも行なっている。

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